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私がミイラに思うこと
2020年2月、東京上野で43体ものミイラが集まる大規模な企画展があった。新型コロナウイルスの世界的流行が始まった頃で私は足を運べなかったが、昨年秋から今年の5月にかけて、再び上野国立科学博物館と神戸市立博物館で『大英博物館ミイラ展ー古代エジプト6つの物語』が開催された。この展示では、英国大英博物館から貴重な資料と6体のミイラが持ち込まれた。ミイラをCTスキャンで画像解析し、外からうかがい知ることのできない古代エジプト人の謎に迫る企画であった。個人的に関心のある催しでしたが、新型コロナウイルス対策のため全てのチケットは日時指定の予約制で、私は日程が合いませんでした。代わりに縁あって7月にロンドンに行く予定があり、本場の大英博物館エジプト展示室を訪れミイラコレクションやロゼッタ・ストーンを鑑賞するつもりでしたが、これまた帰国前PCR検査の時間がずれ込み、その思いは叶いませんでした。
さて10年以上前のことですが、私は過去に2回、古代エジプト展を訪れミイラと対面しました。今でもその時お会いしたミイラの表情を鮮明に覚えています。2009年秋、横浜港開港150周年記念事業としてパシフィコ横浜で『海のエジプト展』が開かれました。1992年、フランス人考古学者のフランク・ゴディオ氏をリーダーにアレクサンドリアの海底で大規模な発掘調査が行われ、2000年も永い間、クレオパトラが愛した古代都市の海底には5メートルの巨大なファラオ・ハピ神の石像が眠り続けていました。2度目は2010年、上野東京都美術館で開催された『トリノ・エジプト展』です。展示ではエジプト新王朝時代・第18王朝のツタンカーメン王がアメン神と共に彫られた像がドラマチックに演出されました。門外不出の2mの美しい石像が作られたのは紀元前1300年、約3300年も昔の至宝です。
古代エジプト人はすべての事物に神の存在を見いだしました。 石という無機質な物質に彫刻を通して魂を注ぎ、巨石を神の威権や王の権限の象徴へと昇華させました。さらに彼らはとても信仰深くすべての神を祈り崇めました。そして人が死へ旅立つ時には起死回生を信じ、遺体をミイラに加工して手厚く埋葬したのです。
私は古代エジプトに2つの魅力を感じます。まず何と言っても歴史的ロマンです。何しろ、紀元前1700年以上前のアナトリアを中心としたヒッタイト古王国時代や、古代メソポタミアのメシュール文明、果ては紀元前3600年の初期青銅器時代の古代オリエント文明に暮らした人達の史実がヒエログリフに記されていること。そしてもう一つの魅力がミイラです。古代エジプト人が永遠の命と神を真摯に信じ死者を葬った…つまりミイラに命の復活を託した古代文明にエターナルなロマンを感じるのです。
多くの考古学者がミイラを発掘し、古代の習慣、技術、社会、宗教ほか様々な史実を世に伝えてきました。しかし今日、私たちがミイラから学ぶことはそれにとどまるべきではありません。古代エジプト人の死生観を学ぶことで、現代人に欠けている死の普遍性や死後の世界の悠久性を学ぶことはとても大切です。人類が死を恐れるあまり医学を駆使して700歳の命を手にしても、古代エジプト人のミイラ思想に裏打ちされた永久性には決しておよばないからです。
ヘザー・プリングル著『ミイラはなぜ魅力的か』にはこう記されています。「古代人のミイラという存在は決して単なる歴史の遺物ではない。一人の人間が自らの命を絶つまでして再生を信じた魂の結晶、それがミイラという永遠の存在」…そう思いながらミイラの表情を見ると、慈しむ気持ちと感謝の念が芽生え、祈りを捧げずにはいられません。
しかしミイラとなった古代人の思いとは裏腹に、現代科学はミイラから遺伝情報をはじめ、当時の気候、技術など多くの遺産を授かりました。 人類学者や解剖学者はミイラを画像撮影し、解剖し、DNAの抽出を試み、皮膚や髪の毛から麻薬など微量物質を調査しています。ミイラの怪我の状態や、結核やマラリアに罹患したミイラも発見され、様々な病の起源や変異株も発見されました。世界各地のミイラの毛髪についたアタマシラミのDNA型を比べる手法で、人類の移動史も研究されています。一連の研究成果は素晴らしいのですが、対象とされたミイラ個人の遺伝子解析に承諾書はありません。その解剖にはインフォームド・コンセントもありません。私は展示されたミイラの思いを考えると、彼らの夢を現代人が都合よく踏みにじっているように思えてしまうのです。科学はミイラから多くのことを学ばせてもらいました。だから私達はいつの日かミイラに恩返しをするべきです。もしそれができるとしたら、ミイラのDNAを遺伝子操作して本当に復活させてあげることではないでしょうか。
【参考URL】
https://uenogasuki.tokyo/2019/11/43-.html
https://daiei-miira.exhibit.jp/
https://www.kobecitymuseum.jp/exhibition/detail?exhibition=369
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