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イースター、ノートルダム、首里城の世界遺産火災に思う
覆水盆に返らずとは正にこのことでしょうか。巨石の巨人群像で1995年に世界遺産登録された南米チリ領のイースター島にあるラパ・ヌイ国立公園で大規模な火災が発生し、この島の象徴の神である1,000体以上のモアイ像のかなりが被災しました。火元の原因について、当初は地球温暖化に伴う異常気象により自然発火した山火事説が飛び交うも、後の調査でこの憶測は誤りと判明し、土の管理を目的に行われた野焼きが原因でした。毎年この地域では伝統的な野焼きが行われていましたが、コロナ禍で例年以上に伸びた草木を焼いたところ火が燃え広がり、この大惨事を招いてしまったそうです。平均的なモアイの身長は3.5m、重さ20トン、最大級になると身長20m、重量90トンにもなります。モアイ像が作られたのは7世紀頃と推定され、古代人は凝灰石の石場から巨大なモアイ像を切り出し、海に面する場所まで巨石を歩かせて運んだと伝えられています。この度の火災でモアイ達は歩きませんでしたが、火焼した石は月日とともに腐食するので、巨体の粉砕が懸念されます。モアイが歩く様子は以下の動画から。
大変残念なイースター島の火災ですが、近年の世界文化遺産火災として、2019年4月のフランス・パリのノートルダム大聖堂火災、そして2019年10月の琉球沖縄の首里城火災も思い返されます。
ノートルダム大聖堂は西暦1160年に建設が始まった随一のゴシック建造物で、13世紀後半に竣工しました。しかし1700年代後半のパリでは、フランス革命、ブルジョア革命により国家財政が破綻したこともに教皇ら高級聖職者の地位と所有物の価値が転落し、資金不足も相まって大聖堂は荒廃した姿になりました。しかし19世紀に入ると、パリを中心として古典主義軽視から中世復権に価値を見出すロマン主義運動が台頭しました。時を同じく1831年、ヴィクトル・ユーゴーが『ノートルダム・ド・パリ』を上梓するや庶民の人気がこの大聖堂に回帰し、フランス初の国家事業としてノートルダム大聖堂は再建されました。こうしてローマ・カトリック教を象徴するノートルダム大聖堂は、「宗教の垣根を超えた歴史的建造物」として、1991年にユネスコ世界文化遺産に登録されたのです。
火災の原因について、当初カトリックと対立する宗教信者による放火説が囁かれました。しかし検察当局はタバコの不始末ないし電気回線からの発火と正式に発表しています。尖塔が倒壊した大聖堂の修繕工事には莫大な費用と長い月日がかかります。フランス国内では、この建物はキリスト教の聖遺物であり再建費用をカトリック側が負担すべきとする意見と、国費で賄うとする議論が対立し、果ては世界遺産を取り消す案まで浮上しました。しかしマクロン大統領(当時)は、5年以内に再建すると宣言しています。火災を元に国を分断する宗教論争まで巻き起こした大惨事でしたが、コロナ禍前には年間8,000万人を超える観光客が訪れた世界一の観光大国フランスを象徴したノートルダム大聖堂が、国のインバウンド経済を立て直す鍵となり得るか、世界が見守っています。
一方、沖縄県首里城の再建工事も着々と進行しています。実は我々が知る首里城は、太平洋戦争の沖縄戦で焼失し、その後再建された建物です。1972年の沖縄返還と共に首里城再建が議論され、焼失跡地に建てられていた琉球大学の移転に伴い建築事業が始まりました。こうして2000年に幻想的な姿に復元された首里城が世界文化遺産に登録されましたが、ユネスコに記された登録名は「首里城」ではなく「首里城跡」です。しかし歴史を辿ると、14世紀に築城された首里城火災はこの度で5回目になります。目先の再建は資金と技術をつぎ込めば可能な話ですが、那覇市消防局の調査報告書によると問題の出火原因は不明のままです。世界の潮流として自然災害に関する議論は進んでいますが、同時に文化遺産を火災や地震等から守る取り組みについて、国を上げた対策を講じなければなりません。
一連の3度のユネスコ世界文化遺産火災から私が感じることは、修繕ありきの発想や検討だけではいけないと思うことです。何故なら歴史を歴史学的に俯瞰するなら、起きてしまった大火災も時間軸に刻まれた歴史の一部分だからです。人類共通の普遍的な文化財を永久に保護し保存することがユネスコの理念ではありますが、世界遺産に起きた火災も歴史である以上、修繕を着工する前に、被災した姿を後世にどう残し伝えるかを議論することこそ人類の知的財産になるのではないでしょうか。世界遺産には文化遺産、自然遺産、複合遺産の3分野があり、現在、約1,150件の登録があります。この中には、いわゆる「負の世界遺産」と呼ばれる遺産が3つあります。セネガルの奴隷貿易となったゴレ島、ポーランドのユダヤ人虐殺収容所アウシュヴ ッツ、そして日本の広島原爆ドームです。原爆ドームは、人類が犯してしまった核兵器という大罪を永久に伝え残す目的で、修繕されることなくそのままの姿を保ち続けています。すでにノートルダム大聖堂や首里城では補修事業が急ピッチで進んでいますが、今回のイースター島のモアイ像もおそらく大規模な補修を受けることでしょう。しかし全てのモアイをひとくくりに修繕するのではなく、一部の焼けたモアイはそのままの雄姿を残すことで、世界遺産火災という史実の教訓を後に伝える役を担ってほしいと思います。
【参考URL】
イースター島のモアイ像、火災で「取り返しのつかない」被害 https://www.cnn.co.jp/world/35194379.html CNN (2022/10/10)
公益社団法人ユネスコ協会連盟HP https://www.unesco.or.jp/activities/isan/worldheritagelist/
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