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ロシア突然死症候群ーSudden Russian Death Syndrome
ツルゲーネフ、ドストエフスキーと並ぶロシアの文豪、レフ・トルストイ (1826-1910) の長編小説『戦争と平和』に、"歴史的事件の原因は何か? — 権力である” という一節がある。トルストイは貴族階級の生まれで、若き頃に将校としてクリミア戦争に出兵した経歴を持つ。後に作家で名を成してからは世界を俯瞰的にとらえ、晩年はガンジーとともに大英帝国やロシアの政治体制を ”非暴力と不服従" の立場から痛烈に批判した。世界の悪に毅然と非暴力で抵抗するトルストイの精神が市民階級から支持され政治的影響力を増すにつれ、ロシア当局が反政府人物と断定して彼の監視を強化したのは言うまでもない。
歴史上、君主を唯一の主権とする国家体制において、独裁者が反政府的な主張をする者を監視し処罰した愚かな史実は数知れない。しかし、インターネットが国家の壁を越えて自由に情報を飛ばせる現代において、世界の大国ロシアでこの数年間に ”突然死症候群 (Sudden Russian Death Syndrome; SRDS)" という原因不明の奇病を背負わされた不審死が40名にも及び、しかもその大半が国家の中枢たるクレムリンの要人階級となると事態は単なる異常死では済まされない。
而るに惜しくもまた一人、突然死症候群の犠牲者が報じられた。2024年2月16日、ロシア野党の最高指導者であるアレクセイ・ナワリヌイ氏 (享年47歳) の訃報がSNSを通じて瞬時に世界に拡散したのだ。死因診断名は突然死症候群、死亡場所は収監中の北極圏ヤマロ・ネネツの流刑地内、しかも遺体の所在は不明という。
ナワリヌイ氏は2020年に何者かに神経ガスを盛られて昏睡状態になり、ドイツの医療機関に避難し治療を受けていた。病から回復した直後に再び拘束され、2021年1月から投獄されていた。
折しも、ロシアは3月17日に大統領選挙を控えている。その最中に、反体制派トップのアレクセイ・ナワリヌイ氏は投獄され獄死した。この悲劇の死亡事件=暗殺により、現プーチン政権の失脚は事実上無くなり、予め支配者層により勝敗が仕組まれた形骸的選挙での圧勝が確実となった。
世界不安を予期するロシア大統領選が絡む事件であるが、ロシア国営通信は未だ国民に対してナワリヌイ氏の死に関する正式な説明をしていない。しかし、暴君による個人支配型国家が市民思想やインターネット情報を統制することなど到底不可能な時代である。そもそも選挙戦に圧勝できる独裁政権であれば、わざわざネットで暴かれる暗殺事件など仕込まないわけで、このような露骨な見せしめ事件が起きたこと自体、暴君のファシズム基盤が足元から崩れてはじめている脆弱な兆候と分析できるだろう。
以下はアイルランドのバンドU2のボーカルであるボノ氏が、翌2月17日のステージ上で行ったスピーチである。音楽を通じた社会活動家の顔をもつボノ氏は、過去3回、ノーベル平和賞候補にノミネートされている。一か月後のロシア大統領選以降、独裁者が率いるロシア軍のウクライナ侵攻が加速しないことを願うばかりである。
【参考URL】
ロシア実業家の不審死2022-2024 Suspicious deaths of Russian businesspeople (2022–2024)
ロシア野党指導者ナワリヌイ氏が死亡=ロシア刑務所当局(BBC 2024/02/16)
https://www.bbc.com/japanese/articles/cjqj47kwyedo
ナワリヌイ氏死因は「突然死症候群」と当局 遺体の所在不明(ロイター通信 2024/02/18)https://jp.reuters.com/world/us/U2EN54ZHZ5LILDWR2OQX7ANB4A-2024-02-18/
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