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Blog: Social impact issues2021.10.15

日本の研究土壌に対するアンチテーゼ

 2021年10月6日、今年の栄えあるノーベル物理学賞は米プリンストン大学上級研究員の気候学者、真鍋淑郎博士が受賞した。気候変動をコンピューター上の仮想地球で予測するモデルを構築する新しい技術により、大気中のCO2濃度と地表温度の上昇、つまり地球温暖化現象の数値化が可能になった。今日私たちが持続可能な地球環境保全のためにCO2の削減目標を議論できるのも真鍋氏の功績である。愛媛県出身の真鍋博士は医師を志し大阪市立医大に入学するも肌に合わず、東京大学に入り直し地球物理学を専攻し卒業している。その後、東京大学大学院を修了し、1958年により良い研究環境を求めて渡米した。以後、気候学の先導者として研究職人生の大半を米国で過ごし、その間に自身の国籍を日本から米国籍に移籍している。日本にルーツを持つアメリカ人ノーベル賞受賞者となった真鍋博士について「日本人の受賞」と声高に水を得て報道するマスメディアの姿勢は、誠に滑稽だと言わずにはいられない。同日、岸田総理もまた首相官邸から祝辞のコメントを発表している。

 例年世界ランキング常連上位の超名門大学の教授や博士研究員が選ばれるノーベル賞であるが、打って変わって教授でも博士でも修士でもない、唯一無二の大卒ノーベル賞受賞者もいらっしゃる。1983年に東北大学工学部を卒業した後に島津製作所に入社し、2002年にノーベル化学賞を受賞した現役のサラリーマンであった田中耕一氏である。田中氏は入社間もない1985年に「タンパク質等の質量分析を行うソフトレーザー脱着法」を開発している。開発当初、田中氏自身も島津製作所もこの研究がノーベル賞レベルとは思ってもいなかった。しかし後にこの研究を発展させた海外の複数の研究者が英文で論文発表したことが契機となり、田中氏へのオリジナルの評価が高まりノーベル化学賞の快挙に繋がった。


 2001年、日本政府は「科学技術基本法」を制定している。この法には「今後50年間にノーベル賞受賞者を30人」と具体的な数値目標が謳われている。その後20余年が経過し日本人のノーベル賞受賞者は増えてはいる。しかしその主な研究土壌は海外であり、未だに日本の大学研究者が国内で十分な研究を行う環境が整備されているとは言い難い。田中耕一氏のような類稀なる奇才は別として、大半の日本人研究者は下積みを積んだ後に日本を離れて米英に留学し、彼の地で研究業績を積むキャリアアップがゴールデンスタンダードのままである。こうした日本人研究者の人生目標は半世紀以上前から何ら変わっていない。しかし近年、グローバルな志のある若者達のベクトルはより国外へ向き、大学院はおろか、大学入学以前から国境を超えた教育を求めて米英・アジアへ飛び出す傾向が強まっている。真理の探究を求めて先陣を切り米国籍となった超一流物理学者である真鍋淑郎博士のアカデミア・スタンスは、正に日本の研究土壌に対するアンチテーゼとも受け取れる。

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