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Blog: Social impact issues2021.11.17

22世紀、人類の格差は月に広がる

 2年越しのコロナウイルス流行に伴う地域的なロックダウンと人々の暮らしの変化が相乗し、インドでは上空の微小粒子状物質(PM2.5)の濃度が最大50%も減少している。中国でもPM2.5や二酸化窒素(NO2)が約10年前のレベルにまで低下した。世界保健機構(WHO)によると大気汚染物質が浄化したこの現象は、少なくとも世界25カ国、63以上の都市で観測されている。日本上空でもPM2.5の減少に加えて大気中の水蒸気と散乱光が減少した。こうした恩恵もあり、今年の秋は昼間の青い空からくっきりと白い月が覗き、夜空の月もひときわ鮮やかで例年より近くに見える。


 人類の月探索機打ち上げの歴史は、1966年に旧ソ連で飛び立った無人探査機「ルナ9号」の月面着陸に端緒をなす。この栄光を皮切りに、米ソ間で有人宇宙船が月を目指す覇権争いが過熱化した。そして1969年7月20日、ついに米「アポロ11号」が人類初の月への一歩を成し遂げた。人類初の月面着陸という偉業により、長年繰り広げられた米ソの宇宙競争は、米国がソ連を制して幕を閉じた。米のアポロ計画はさらに4年間継続してアポロ17号まで続けられ、月の大地に降り立った12人の宇宙飛行士は全てアメリカ人であった。時を経て月へ探査機を送り込んだ3番目の国は日本である。旧ソ連のルナ9号から24年後の1990年3月、月を目指して打ち上げられた無人ロケット「はごろも」は惜しくも失敗。しかし1992年2月に探査機「ひてん」が月の軌道上に乗ることに成功し、以後1年2か月の間に渡り月を周回した。さらに2004年11月にはヨーロッパ宇宙機構(ESA)の「スマート1号」、2007年には中国の「嫦娥(じょうが)1号」が月へ到達。2008年11月には6か国目となるインド・ニューデリーから無人月探索機「チャンドラヤーン1号」が打ち上げられた。その後月探索機計画を発表した韓国は、半ばで断念。2019年にはイスラエルも探査機「ランダー」を打ち上げたが、これも失敗に終わっている。
 人類が大気圏を脱出して月を目指した当初の目的は、月に辿り着くことであった。しかし月への到達が可能になると、人類が月へと向かう目的はいつしか変貌した。今や生活環境として月が適切か否か生態系を観測することだけが目的ではない。多くの国がウランやトリウムなど産業応用の可能性を秘める鉱物資源の鉱脈を探り始めている。もし月に眠る大量の鉱石が発見されたら、先進諸国は利益を求めて競い、いみじくも金鉱を夢に命をかけて争った19世紀のゴールドラッシュに似た過当競争が月面で勃発するだろう。月で宇宙産業が発展する日は案外近いのかもしれない。

 平安前期に『竹取物語』で詠われた悠久なる「月の資源」はそもそも誰のものか。米ソで宇宙開発が進む最中、1979年の国連総会でこの問題が大きく議論された。そして1984年、月や天体での国家活動を律する「月協定・Moon Agreement」が批准されている。しかし月の資源は人類共有の財産と謳う月協定であるが、発効から四半世紀が過ぎた現在においても、米やロシアはおろか、批准国は独自の月探索計画を持たない13の国家に過ぎず、署名国もフランス、グアテマラ、インド、ルーマニアの4か国、締約国に至っては1か国もない。月や宇宙空間の平和利用、環境維持、領有禁止など21の条文を掲げた月協定は、今や完全に死文化した。

 月の資源は本当に早い者勝ちで良いのだろうか。もし産業的にも軍事的にも強大な権力を持つ一握りが、月の資源のみならず月の環境というエンハンスメントを野放しに手に入れたならば、月の知的財産権をと未知なる資源をどのように用いるだろうか。ごく一部の裕福層だけが崩壊していく地球環境を置き去りに、遥か38万4400km彼方にあるリゾートと化した月へと脱出し、地球を眺めて生活する。そんなトレンドが現実となる時代が本当に来るかもしれない。裕福な者は未来を求めて月へと旅立ち、残された者は宇宙船地球号という沈没しかけの小舟に抗う。22世紀の人類が直面する月と地球の環境格差を危惧するのは、けして内憂外患ではないだろう。


 地球環境破壊という時限ボタンが既に押されたことを知らぬ者はない。しかしビリオネラーは月を目指し、市民は地を這い足元を見つめる。事実、2007年に貧困撲滅に取り組む国際NGOオックスファームは、世界で最も裕福な2人の個人資産総額が、世界で最も貧しい45か国を合計したGDP(国内総生産)総額を超えたと発表し、世界はこの事実に驚嘆した。2017年には、世界で最も裕福な8人の資産総額が地球人口の半数に相当する約36億人の貯蓄額と同等であると暴かれている。こうした巨大な格差はけして富だけではない。2021年、世界1位の平均寿命84.3歳(女性87.74歳、男性81.64歳)を誇り、100歳以上の高齢者が8万6000人も暮らす医療先進国である日本と比較し、平均寿命が40前後の国がアフリカには数多く存在している。つまり暮らす地域により人生の長さが40年以上、つまり日本の医療環境ではアフリカに住む人々の2回分の人生を生きるにまで、世界の医療格差は著しく拡大しているのだ。日本で暮らす以上、生まれた国や環境によって避けることの難しい格差と戦い生きている人々が数十億人以上いる事実から目を逸らしてはならない。拡大し続ける格差を睨み、200年後の22世紀に我々が住む地球、さらには月の環境はどうなるものかと憂いては、今こそ地球規模で格差是正の議論が加速することを願わずにはいられない。社会が格差という境界線で分断されることがあってはならない。

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