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Blog: Social impact issues2021.11.27

異種移植が惹起する臓器パラダイムシフト

 2021年10月21日、米ニューヨーク大学(NYU)のランゴン移植研究所で世界初の異種臓器移植が成功した。通常、臓器移植は脳死状態ないし生きている人の臓器を別の人に移植する「同種移植」を意味するが、今回NYUで行われた移植手術の新規性は、動物であるブタの腎臓を人に移植した「異種移植」の成功にある。 

 他人の臓器を移植する手術は、長らく倫理的に問題視されてきた。そのため人の臓器の代替手段として、動物の臓器を利用する異種移植の研究が続いてきた。最初の異種移植の試みは、1905年に腎不全の小児に移植されたウサギの腎臓である。以後サルやヒツジなど幾つかの報告があり、1963年には米ルイジアナのテューレン大学でチンパンジーから人に6例の腎移植が施されたが、いずれも免疫反応のため生着しなかった。1984年には米ロマリンダ大学でヒヒの心臓が幼児に移植されたが、21日後に死亡している。今回NYUが異種移植に用いたドナーブタの腎は、移植後に過剰な免疫反応や拒絶反応を起こさぬよう、予め複数の遺伝子編集操作が行われていた。レシピエントとなった人は、生前に本人からインフォームドコンセントが得られていた。後に急変して脳死に陥り、この度の異種移植が行われた。遺伝子操作されたブタの腎は、移植外科医により右大腿内側に移植され、拒絶反応なく54時間にわたり血液浄化や利尿など移植腎として作用した。この腎移植は延命のためでなく研究のための手術であり、腎の生着を確認した後、レシピエントは人工呼吸器を外され永眠した。


 米国では毎年約12,000人が死後に臓器を提供している。2016年には腎移植だけで年間30,000例を超えた。反面、米では毎年約7,500人が臓器提供ドナーが見つからずに亡くなり、その6割以上は透析をしつつ腎移植を待った腎不全患者である。総人口3.3億の米国では、約40万人が透析を受けながら腎移植を待っている。対して人口1.26億人の日本には34万人以上の透析患者がおり、今や日本は世界的な透析大国である。日本で透析患者が多い理由は、圧倒的に腎の臓器提供者が足りないためである。人口100万人当たりの臓器提供者は、スペイン48.00人、アメリカ33.32人、フランス26.84人に対し、アジア圏では韓国が8.66人、そして日本は僅か0.77人しかいない。日本社会には脳死を人の死として受け入れ難い文化と歴史があることに加え、移植手術件数が少なく移植外科医が育たない問題がある。

 1990年代以降、欧米に比べて移植手術の進まないアジアでは、自国で出来ない臓器移植手術を海外に求める渡航移植問題が絶えない。中国では2007年7月以後、外国人の渡航移植を禁止する法案が設定されたが、その後少なくとも17人の日本人が某NPOの仲介による闇ルートで渡航腎移植を受けたとする事件があった。この事件では、法をかい潜り日本人が中国で移植を受けた事実のみでなく、臓器移植の陰にひそむ「臓器売買」の可能性が問題視された。梁石日(ヤン・ソギル)氏の問題作『闇の子供たち』では、タイにおける幼児の人身売買・臓器売買の背後に日本人のブローカー組織の存在があるストーリーが赤裸々に語られ、その真偽を日本社会は問われた。書籍の中の臓器売買がフィクションかファクトか、真の実体は不明であるが、脳死患者からの臓器移植を国外で行う「移植ツーリズム問題」はアジアから世界に波及した。渡航移植には多額の費用が絡むため事件が絶えず、国際移植学会は2008年に「臓器移植の自国時給を原則とするイスタンブール宣言」を採択した。さらに世界保健機構(WHO)は、2009年5月に臓器売買禁止に関する改定指針を発案し警告を続けている。

 2006年4月には日本でも臓器移植の保険診療が制定され、2010年には改正臓器移植法案が可決した。以後15年が経過し、日本国内に臓器提供を待つ患者は数万人以上いるが、移植手術は年間400人程度に過ぎない。日本を始め移植の進まない国の子供達がアメリカ、オーストラリア、イタリア、その他の国々へ、腎臓・心臓・肝臓移植のため、たくさんの声援や多額の募金支援を受けて渡航手術を受けている。提供される臓器であるが中国では長らく死刑囚の臓器が使われていたが、2015年の法改正で違法となった。2018年には中国で腎移植を受けた日本人患者が浜松医大を受診したが、大学側が臓器売買された患者の治療を拒否する医療訴訟が起きた。静岡地裁は原告の訴えを棄却し、二審の東京高裁も患者の請求を退ける判決を出した。2019年にはSNSで心臓移植の募金を呼び掛けた日本の幼児に、ビリオネラーの前澤友作氏が渡航移植費用として3億円を寄付し、コロンビア大で手術を受けさせている。コロンビア大の心臓移植には5%の外国人枠がある。命の重さを代金で代償させるのが米国医療の現実である。日本国憲法13条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と記されている。他人に迷惑をかけない限り、人間の本質的欲求である健康を求める権利は、無条件に保障されなければならない。前澤氏の寄付に関する倫理的問題の議論はここでは避けるが、日本社会のルールに従うなら、臓器や移植はお金で買うものではない。


 臓器移植の進まない日本でも、日本臓器移植ネットワークが提供する意思表示カードが地道に普及している。日本社会の習慣に習うなら、国内で善意ある臓器提供者を増やすことが理想的で最良の解決法である。しかし、移植を希望しネットワークに登録しても20年以上臓器提供を受けられず、命の間に合わない患者が増えている。善意による臓器提供が増えてほしいと思うのは山々だが、現実的に臓器移植カードの普及よりも日本の高齢化率の進みは早い。この度のNYUの報告は、普通の暮らしを望むために誰かに臓器を依存しなければならなかった臓器移植を待つ末期患者にとって、言葉にできないほどの恩恵がある。もし異種移植医療が普及すれば、超高額な費用を要する移植ツーリズムがなくなり、闇で取引される臓器売買問題も一気に解決する。臓器提供を行うドナーを募る必要も無くなり、臓器を提供したドナー家族に残される心の葛藤も無くなる。本研究の主旨に賛同されるビリオネラーには、ぜひ異種移植財団の設立と研究が躍進するための潤沢な資金援助をお願いしたい次第である。

 生物工学と遺伝子医療そして移植外科の叡智が交錯する異種移植の研究は、腎臓、肝臓、膵臓、心臓、皮膚、角膜ほか、多くの臓器資源の期待が寄せられている。異種移植の発展は、必ずや医療技術に革命的な臓器パラダイムシフトを惹起しうる。もしここで唯一心残りなことが有るとすれば、人間の臓器ドナーとなるべく医療資源の目的のためだけに育てられる動物達の権利ではないだろうか。




Pig-to-human transplants come a step closer with new test AP通信 2021/10/21 https://apnews.com/article/animal-human-organ-transplants-d85675ea17379e93201fc16b18577c35

写真: https://ja.wikipedia.org/wiki/ケンタウロス

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