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Blog: Social impact issues2021.12.02

水際対策という名を借りた外国人感染者への差別問題

 2021年11月24日に新型コロナウイルスの新しい株である「オミクロン株」が南アフリカから報告され、世界的拡大が懸念されている。日本でも、11月28日にアフリカ南部ナミビアから入国した外交官がオミクロン株陽性と判明した。患者はモデルナ性ワクチンを2回接種後に罹患したブレイクスルー感染であった。これを受け岸田総理は急遽会見を開き、11月30日午前0時から全世界を対象に外国人の日本入国を禁止する緊急水際対策を発表した。この方針は霞が関界隈に拡散し、国土交通省も航空各社にこの策を通達した。知らせを受けた航空会社大手の日本航空と全日空は、止む無く予定されていた日本到着の帰国便を全て運航停止とした。ほんの2週間前の11月8日に、日本入国を長らく待ち望んでいた留学生や技能実習に対し政府が入国緩和を発表し、皆一斉に航空チケットを購入されていたが、その夢は儚く絶たれた。そうした一方で日本人に関しては、帰国する地域により、3~10日間の停留措置を施すことで国内移動を許可している。隔離期間の内訳は、南アフリカ・ナミビア・ザンビアほかアフリカの9か国は10日間、ペルー、ベネズエラなど南米の3か国は6日間、英国、ロシア、トルコ・ブラジルなど19の国は3日間とされた。さらには停留待機命令に応じない者は「氏名を公表する」とし、勧告に応じなければ先に制定されたコロナ対策特措法に準じた行政罰として最高50万円の過料も科せられるという。

 

 日本政府のこの水際対策に強烈な違和感を感じた人は、相当多かったのではないだろうか。先ず、ウイルスの蔓延を予防する公衆衛生上の対策として、自国民か否かでウイルス対策を判断する政府の対策は全く論理的でない。この愚策に対して翌12月1日、世界保健機関(WHO)は日本政府の行き過ぎた水際対策を即座に批判している。緊急事態対応を統括するミカエル・ライアン博士は、日本が導入した全世界対象の外国人入国禁止措置を「疫学的に原則が理解困難」と指摘した。岸田総理の図中に菅氏のコロナ対策の遅れが過ったかもしれないが、優先して取るべき対策は、新型株に対する緊急検査体制の確立である。間違っても日本から外国人を排除することではない。

 そもそも既に世界的にワクチン接種が普及した現在、最初に南アフリカからオミクロン株が報告されたからと言って、ウイルス変異が南アフリカで起きた証拠はどこにもない。2020年初めに中国湖北省武漢から新型コロナウイルスが世界に拡散された時と現在とでは、コロナウイルスの変異株が全く違う状況にある。案の定、政府が水際対策を発表した11月30日、オランダ国立公衆衛生研究所は11月19日~23日に国内で採取されたサンプル2人からオミクロン株が検出されたことを報じた。オランダー南アフリカ間の人流は調査されていないが、オランダ保健当局の発表により、オミクロン株の南アフリカ発症説は完全に否定された。

 医学的に批判と矛盾だらけの政府が発表した水際対策は、僅か2日も持たずに撤回され、12月2日に岸田総理と高度交通省は、日本着の国際線の新規予約の停止要請を取り下げている。長引くコロナ禍で深刻な事業経営にあった航空業界は、またも政府の二転三転する愚策の方針転換により無用な煽りを受けることとなった。


 今回、日本政府が断行した水際対策という名を借りた外国人排除は、見方を変えれば検疫に肖った差別問題と言われても反論の余地がない。国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)や持続可能な開発のための教育(ESD)が小中学校の教科書にも載る2021年、未だに日本の政策は、黒船鎖国の島国レベルから脱していない。その根底には、江戸幕府が確立した賎民制や士農工商など身分の階層化に始まり、解放令が敷かれた後に日本社会の近代文明化とともに広がった西洋医学と公衆衛生の学問的な進歩が、貧民街の生活環境を「不潔不体裁」で好ましくない存在で改めるべきとして排除した歴史がある。1922年には全国水平社が決起するも帝国主義の時代に入ると、他民族の社会を従属・支配させることを当然とし、アイデンティティの意識によって必然的に相手民族を抑圧・差別する帝国意識が形成されていく。帝国意識は公衆衛生観念の普及によって、外国人や部落差別を不潔不体裁として排除し、天皇家につながる純粋日本人種の優越性を根拠に、優生思想と人種主義に基づいた同化政策が行われた。公衆衛生的な外部差別の歴史は、教科書には載らずに日本社会に潜み続ける解決すべき課題であり、今日の障害者差別論の骨格を成す。

 こうした公衆衛生学的な差別や優生思想は、もちろん日本固有の事象ではない。しかし危機管理が必要な状況になると、地政学的な優越性のある島国日本は、不安と脅威に対して政策を成熟させる以前に、より安易で短絡的な他を排除する政策思想に陥りやすい。この度のオミクロン株に対する緊急水際対策では、未だに黒船鎖国の域から脱してない日本政府の排他的な一面が露呈したのではないだろうか。

 もし私の憶測が正しいならば、今の時代に発せられたこの度の政策は誠に残念なはなしである。




「オミクロン株感染はナミビア人外交官」読売新聞オンライン 2021/11/30 https://www.yomiuri.co.jp/national/20211130-OYT1T50256/

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