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声高に国際法違反を主張してもロシアの侵攻は止められない
ロシアによるウクライナ侵攻について、西側諸国を中心とした国際社会から、「明確な国際法違反である」と非難の声が上がっている。3月8日に開かれた日本政府外務省の会見でも、ロシアによるウクライナ侵略はウクライナの主権と領土を侵害しており、武力の行使を禁ずる「国際法に深刻に違反する」と見解を述べ、ロシア及びベラルーシに対する制裁措置について、政府関係者の資産凍結や、軍事力に関連する石油精神の輸出禁止の対応策を決定した。その一方で、ウクライナに対しては、自衛隊法や防衛装備移転三原則の範囲内で、鉄帽、防弾チョッキ、防寒具、衛生資材、発電機材、非常用の食品などの速やかな提供を、G7ほか各国と協力して取り組むことが報じられた。各国政府も、知識人も、主要西側メディアも一律に口をそろえて「国際法違反」というキーワードを声高に掲げているが、そもそもロシアの行為の何か国際法違反に抵触し、違反しているのだろうか。今日の国際法を根本から理解するには、国際社会において本法が成立するに至った歴史的背景を、史学的に紐解く必要がある。
国家が戦争や侵略を犯すこと、つまり国際法における戦争や武力行使の違憲性は、1945年にサンフランシスコで調印された「国際連合憲章」の第1章と第7章の枠組みに従い運用されている。
国連憲章第1章、目的および原則の第2条4.には、「すべての加盟国は国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対する、また国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」と定められている。つまり、現在の国際法秩序では、国家による武力行使は原則的に一切禁止されている。この法が適応される主体はあくまで国家である。そのため、ロシアとウクラウナの戦争で法的責任が問われるのは、どちらかの国となる。しかしこの戦いの構図はプーチン対ウクライナ、つまり個人対国家であり、国際法上の限界を含んでいる。同様に国家の主体を呈さないテロリスト集団による戦争も厳密には、国際法上の国家の戦いではなく、国際司法裁判所もどういった法の枠組みで裁くべきか議論が残る。
この様に国際法で禁止されている国家による武力行使であるが、国連憲章の第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」には、戦争の合理性について2つの例外が記されている。一つは、第7章第51条の「自衛権」で、もう一つは、第7章、第42条の「軍事的措置」である。
自衛権には、「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国の措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認め…(中略)…この憲章に基く権能及び責任に対して、いかなる影響も及ぼすものではない」、と定められている。つまり、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、他国の武力攻撃に対して個別的、または集団的に自衛権を行使することは認められているのである。
さらに軍事的措置では、「安全保障理事会は、第41条非軍事的措置に定める措置で不十分と判明したときは、国際平和及び安全維持又は回復に必要な空軍、海軍、陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる 」、と記されている。つまり、西側諸国が行っている、資産凍結や輸出入規制などの経済制裁を含む非軍事的措置で、戦争の抑止が十分機能しない場合に武力行使を認めたものであり、武力制裁の意味合いが強い。
国際法の基礎となる国連憲章の枠組みは、度重なる戦争の歴史の末に創造された経緯がある。そもそも、古来より人類は戦争を「紛争解決の手段」として用いていた。国際法の父と称されるフーゴー・グローティウス(1583-1645・オランダ)は、戦争の防止や収束のために、自然法の理念に基づいた国際法の必要性を説いた。その彼でさえ、著書「戦争と平和の法」で、防衛・財産の保全・制裁という三つの理由の元では武力行使を認めている。これは、「正しい事由による戦争ならば正当化される」とする正戦論に属する意見である。正戦論の正当性を判定する主権国家より上位の概念が、存在しなかったために、それぞれの国がそれぞれの主権を根拠に無差別戦争観がはびこり、結果として世界は第一次世界大戦に突入した。大きな犠牲を払い、1928年にようやく第一次世界大戦の惨禍を反省した諸国が「国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する」という目的でフランス外相ブリアンとアメリカ国務長官ケロッグが中心になり「パリ不戦条約」で、人類は戦争の違法化への第一歩を踏み出すこととなった。
パリ不戦条約の成立は、国際連盟規約、また1925年に中部ヨーロッパ7か国で締結された安全保障条約であるロカルノ条約と連結し、国際社会における集団的安全保障体制を実質的に形成した。しかし、国際連盟規約は平和的解決が実現しない場合のやむを得ない戦争の余地を認めている。不戦条約は国際紛争を解決する代替手段を提示せず、自衛戦争か否かを判定する機関を設置せず、戦争以外の武力行使の余地を残す欠陥のある条約であった。そのため、第二次世界大戦の抑止力とはなりえなかったことを歴史が証明している。つまり、二度の悲惨な世界大戦の犠牲の上に成立したのが、現在の国連憲章なのである。
では、第2次大戦後に国連憲章が成立し、世界から戦争は無くなったのだろうか。中東戦争(1948年~)、朝鮮戦争(1950年~)、ベトナム戦争(1960年~1975年)、ソ連によるアフガニスタン侵攻(1979年)、フォークランド紛争(1982年~1990年)、湾岸戦争(1990年)、ユーゴスラビア紛争(1991年~2000年)、イラク戦争(2003年)、イスラエルのガザ・レバノン侵攻(2006年)、クリミア危機・ウクライナ東部紛争(2014年~)、そしてロシアのウクライナ侵攻(2022年)など、残念ながら地球上から、戦争・地域紛争・武力衝突が途絶えた歴史はない。
実際、ロシアのウクライナに対する武力行使について、国連憲章を根拠とした国際法上の違法性を主張した際、最終的に全体の判断を行うのは安保理であるが、拒否権を持つ大国ロシアや中国を前にしてその違法性を問うことは、現在の国際法の枠組みの中では極めて困難である。ましてやこの度の拒否権行使により、国際社会における国連の絶対性は儚く揺らいでしまった。つまり国連安保理の採決制度では、プーチンという大国の暴挙を制止することが出来ないのだ。
安保理の仕組み自体については常任理事国の拒否権を失くし、安保理での議論を透明化した上で、国際連合加盟国全てが国連憲章に基づいて、違法性の判断をする仕組みがあるべきだ。しかし、その結果を不服として「国際連盟の教訓」と同様に、もし大国ロシアが国際連合から脱退するような事態にが本当に起こった場合、世界平和が深刻化するだけでなく、人類の終焉となる第3次大戦の火蓋が落ちかねない。つまり、現在のG7のパワーバランスでは、完全な戦争の遺法化を国際法だけで実現させることは理想主義を基盤とした空理空論である。従って、国家の要人が国連会議で声高に「戦争は国際法違反である」と主張しても、ロシアの侵攻を止めることは、結論からすると不可能である。
【参考文献・参考URL】
国際連合広報センターHP: http://www.unic.or.jp/info/un/charter/
国連憲章: https://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/unch.htm
宇田川大造: グロティウス「戦争と平和の法」その戦争法史における意義http://www.meijigakuin.ac.jp/~hogakkai/sotsuron/udagawa
藤原帰一: 「正しい戦争」は本当にあるのか 集英社新書 (2003)
ジョセフ・E・S、リンダ・B : 世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃 徳間書店 (2008)
内藤正典: イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北 集英社新書 (2015)
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