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Blog: Social impact issues2022.04.12

国際法違反の罪は永久に消えることはない

 ロシア人とウクライナ人は、ベラルーシ人と共に歴史的に三位一体のロシア民族であるというプーチンの主張のもと、約20万のロシア軍兵士をウクライナ国境付近に集結させたロシア・ウクライナ危機の頃、後に両国間でこれほどの惨事が起こるとは予想もしなかった。2月24日、ロシア軍がその均衡を破りウクライナ全面侵攻を開始してから間もなく50日。早期決着が囁かれるも戦は長期化。NATOと西側諸国は連携して非軍事的手段によるロシアへの経済制裁を徹底した。4月上旬にはロシア軍が首都キーウ周辺から撤退したニュースが米国防総省から報じられ事態は好転に見えたが、そんな安堵も束の間。ロシア軍が後退したキーウ近郊からは410もの民間人遺体が見つかり、未だ相当数が行方不明のままである。つまり撤退の意図は、ロシア軍が民間人大虐殺の隠蔽を図るためにキーウを退いたというのが、今の軍事的見解である。

 キーウ撤退後、ロシア軍が向かったのがウクライナ南東部のマウリポリであった。マウリポリへの攻撃はさらに過激さを増し、現時点で同市の死者は2.1万人に達するという。第2次世界大戦以降、最大規模の非人道的攻撃について捜査されているのが、猛毒化学兵器の使用である。1995年、オウム真理教幹部が犯した地下鉄サリン事件は、人類史上最大規模の民間人に甚大な神経毒被害をもたらした化学兵器事件である。塩化シアンやサリンは空気より比重の重い化学物質である性質から、民間人が非難する地下シェルター内へ、地上から散布しやすい特性がある。ロシア軍には2015年にもシリアで国際法で禁止されている化学兵器「白リン弾」を用いた前科がある。


 さて、もっとも困難を極めるのは、実際に化学兵器が使用されたことを証明する法科学的手段である。地下鉄サリン同様、和歌山毒カレー事件で特定された亜ヒ酸においても、毒物科学捜査による証拠と立件は難航した。国連は生物化学兵器禁止条約に従いウクライナの調査を開始したようだが、そもそも現地入り困難に加え、薬毒性物質は生体内半減期がとても短いため、死体を回収して研究室に持ち帰り原因物質を検出する手法は現実的に不可能である。さらに得られた薬物鑑定の結果を法的証拠とするには、死体だけでなく周囲の小動物や土壌・河川中など複数の場所から同一の毒物質を検出する必要がある。検出手法についても、薬理学的に信頼性の高いガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)や液体クロマトグラフィー分析(LC-MS)を用い、標準化された対照より有意に上昇したデータを少なくとも2か所以上の地点から証明しないことには、国際刑事法的に公法的な証拠として用いることはできない。もっともロシア国内に化学兵器工場が見つかったとしても、生物化学兵器を製造したり研究室環境で実験する行為については国際禁止条約に規定がなく、生物化学兵器を所持する権利は、核兵器を所持すると同様に認められているのだ。さらに疑惑を深めているのが、ロシア軍が隠蔽した疑いがある多くの行方不明となっているウクライナ人の遺体である。もしキーウ周辺の小動物や土壌から化学兵器の痕跡が証明されたとしても、現地に残された遺体から薬物的証拠が検出されないことには、国際刑事裁判所は何一つ事件の立証を提示できない。一連のロシア軍の流れをみると先のキーウの撤退は、今後の国際社会において優位に外交戦術を進めるために計算されたプーチン帝国の序章とも思えてしまう…



 日本の総理大臣や国会議員には、在任期間中に法を犯しても降任するまで逮捕されない「不逮捕特権」がある。もし国連の法科学捜査の結果、ロシア軍が生物化学兵器を使用した証拠が明かされた場合、プーチン大統領は国際刑事責任のもと逮捕されるのだろうか。残念ながらこの法規には罰則規定はない。それにロシアが国連の生物化学兵器禁止条約の批准国から外れた場合や、国連の加盟から脱退した場合には、何ら拘束力を持たない。しかしその反面、この国際条約の違反には「時効がない」という規定がある。つまり国際法的には、一国の大統領を投獄したり拘束するほどの効力はないが、国際社会に犯した負の罪状は未来永劫歴史に刻まれ、国際指名手配者としての罪が永久に放棄されたり消えることはない。従って、プーチン大統領が権力を振りかざし、どれほど強制力のある手段で自国民を統制したとしても、見える化が進んだ国際社会の眼から逃れることは絶対的に不可能なのである。





【参考文献・URL】

角田紀子.「サリン事件と質量分析」.J. Mass. Spectrum 53(2): 153-163, 2005.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/massspec/53/3/53_3_157/_pdf

生物化学兵器を巡る状況と日本の取り組み.外務省HP(外観)平成25年1月

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bwc/torikumi.html

ロシア・IS首都爆発で「白リン弾」使用か、国際法使用禁止(ロイター通信)2015/12/01

https://jp.reuters.com/article/idJP00093300_20151201_00720151201

ロシアの死者2.1万人の恐れ ロシアの侵攻後=市長(ロイター通信)2022/04/13 

https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-mariupol-casualties-idJPKCN2M41CW

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